いじめをやめられない大人たち
『いじめをやめられない大人たち』木原克直さん
やめない、ではなく、やめられない、というのが悲しい。
お腹が満たされ、たっぷりと眠り、周囲から愛され、今日も元気!!
そんな満たされた日に「さぁ、誰かをいじめるぞ!」とは思わないから、、、。
疲労や不安、不満を、いじめで満たそうとしている負のループですね。
かくいう私は小学6年生になってすぐ、いじめに遭いました。
きっかけは、(たぶん)春の七草を言える人、と言われて、
得意げに披露したのがクラスメイトの鼻についた、
とかそんな些細なことです。
思い切って相談すると、
「子どもはまだ前頭葉が十分に発達していないからなぁ、残酷なんやな。」と、ため息をつかれました。
前頭葉ってなに?
すると前頭葉の説明をされました。
「前頭葉の前頭前野という部分が、共感性を司ってるんやで。」
「相手の痛みを想像したり、感情をコントロールしたりする部分や。
その部分が十分働いていないから、ひどいことでも平気でできる。」
そう、相談相手は小児科のお医者さんです。
お腹がキリキリ痛んで診てもらった時でした。
そうか、脳が大人になったら、上靴を隠したりしないんだな、
と、どっぷりつかった悲しみモードから抜け出せた瞬間でしたが、
結局いじめっ子たちの脳の発達を待つ前に、小学校の卒業式を迎えてしまいました。

でもどうやら、大人になって前頭前野が発達してもいじめはあるらしい。
前頭前野でブレーキをかけられない位に、心に余裕が無くなった時、
人は他者をいじめてしまうようです。
アダルトチルドレンだったり、過酷すぎる労働環境があったり、出世の路線から外されたり、、、
それこそ過去にいじめられた経験から、「もういじめられないぞ」と加害者になる人もいる。
私も言われたことですが、「いじめられる側にも原因がある」という言葉。
やっぱり、違うんじゃないかな、と思いますね。
春の七草は、確かにきっかけにはなったのかもしれないけれど、
根本的な原因はいじめっ子たちの満たされない心だったのではと。
大人になった今、彼ら彼女たちの心の傷が癒されていればいいなと思います。
ってちょっと皮肉に聞こえますかね。
でも本当に、そう思っています。
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みんな
満たされていれば…
みんな
笑顔で溢れていれば…
いつの日か、きっと。